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広島高等裁判所岡山支部 昭和49年(行コ)2号 判決

岡山市門田屋敷一丁目四番一六号

控訴人

小林純

右訴訟代理人弁護士

甲元恒也

河原昭文

長谷川修

同市天神町三の二三

被控訴人(旧表示岡山税務署長)

岡山東税務署長

藤井昌三

右指定代理人

加藤堅

南葉克己

恵木慧

長安正司

岩井清

重岡蔦夫

中路義彦

吉平照男

右当事者間の所得税再更正決定、追徴過少申告加算税、追徴重加算税賦課決定取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和四三年三月四日付でなした控訴人の昭和三七年度の所得税についての総所得金額二、四三一万四、七六五円、追徴確定納税額一、〇五〇万二、五〇〇円とする再更正処分、ならびに追徹過少申告加算税四万一、六〇〇円、追徴重過算税二九〇万〇、七〇〇円とする賦課決定処分をいずれも取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め被控訴指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証関係は次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

本件各処分の違法理由の主張に次のとおり補足する。

(一)  所得税法施行規則四条の三改正(昭和三六年政令六二号)に際し、国は一般証券投資家に対し、証券業者、金融機関等を通じ行政指導をし、或は民間刊行物に掲載方を要請する等して周知徹底の方策を尽くしていない。殊に有価証券譲渡による所得課税の対象とする取引回数(それは証券会社に対する委託契約の数であるが)の解釈はしかく一義的でなく区々に分れてその解釈が不明瞭であって、単に規則改正を官報公告に掲載するのみでは足りなかったというべきであり、これをもって直ちに強権的に課税し得るとするのは国民主権に違反するもので、少なくとも本件課税年度である昭和三七年頃においては規則の改正が一般にしかく明白に知られていなかったのであるから、右規則を根拠にした本件再更正、賦課決定の各処分は違法である。

(二)  国税通則法七〇条二項四号に該当するとするためには「偽りその他不正の行為」の故意あることを要し、それには前示規則改正にかかる法令の知悉性が前提となるが、前記のとおり控訴人は規則改正を知らず、従って故意を欠いていたものである。

(三)  仮にそうでないとしても、控訴人は北田証券以外の角丸証券等において取引したものは架空の名義を使用していないからその両者を区分し、前者についてのみ前条二項が適用されるにすぎないのに、本決定はこれを不可分のものとして合算、賦課している。したがって、これにより本決定は前条に違反し、その全部が違法として取消を免れない。

(被控訴代理人の陳述)

右主張はいずれも争う。

(証拠関係)

控訴代理人において甲第一八ないし第三四号証を提出し、当審における証人若林立二、同野口康夫の各証言を援用し、乙第一三号証はその成立を認め、被控訴代理人において乙第一三号証を提出し、右甲号各証の成立をいずれも認めると述べた。

理由

当裁判所もまた控訴人の本訴請求を失当と判断するものであり、その理由は次のとおり付加するほか原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

当審における証拠調の結果を検討しても未だ右認定判断を左右するに足りない。

一  控訴人の当審における主張(一)、(二)について。

控訴人の右主張は結局、昭和三六年政令第六二号改正による所得税法施行規則四条の三「その年中における株式売買回数五〇回、その株数二〇万」以上の継続取引に該当し、有価証券譲渡所得課税の対象になることを当時控訴人は知らなかったというにあるところ。

(1)  原、当審における証人若林立二、当審証人野口康夫(後記認定に反する部分を除く)の各証言によれば、右昭和三六年政令第六二号による改正以前には株式等売買による所得は、回数五〇回以上、株数合計が二万五千以上につき課税対象となる旨定められていたところ右改正により売買回数五〇、株数二〇万以上と改められ、同法令は昭和三六年四月一日以降施行されるに至ったこと、従って、改正前後を通じて回数の点では何ら変更はなく、ただ株数をそれまでの二万五千より基準を大幅に引上げ緩和し、投資家にとり却って有利に変更したものに過ぎず、従って五〇回の基準はそれまでも多年行われていたところに加え、控訴人が本件で第一回目の所得調査を受けた三七年七月当時は右改正以来既に一年有余(控訴人が三七年分所得の確定申告をなした時点には実に二年)を経過後であったこと。

(2)  右政令の改正内容は、当時大蔵省筋(その外局を含む)或は証券会社連合会を通じ逸早く、全国の各証券会社に対して文書等により広報、通達がなされ従って証券会社職員においては職業柄からも当然その改正内容について十分の認識があって顧客に対し常時これを告知、啓蒙できる態勢、情況にあったことが認められるところ、

(3)  前掲証人若林立二、原審証人安藤利夫の各証言その他本件弁論の全趣旨によっても、前記引用にかかる原判決の認定するとおり、昭和三七年七月控訴人の配当所得の申告洩れ、株式の偽名取引が発覚して若林事務官が控訴人の所得調査をした際に、改正法令に定める基準を越える株式の継続取引が非課税所得とされない旨税務指導を受けたものである事実が認められる。そして以上の(1)(2)(3)認定事実に、原審における控訴人本人尋問の結果(一部)、同若林立二、同安藤利夫の各証言等によって認定される(引用にかかる原判決も認定するとおり)控訴人は学究生活の傍ら既に戦後間もない頃より株式売買を多年継続して行ない(北田証券との取引開始は昭和二四年)本件当時迄既に一〇数年を経過、その取引銘柄数一五〇~一六〇、偽名使用件数三〇〇の多数に上り殆んど連日、時には一日二回証券会社(北田証券)に顔を出しかかる大がかりのものは当岡山証券業界でも他に例を見ない位であり、その仕方も「株が暴落した時は取引を一切やめる等して絶対損をしない」という位手堅い商法を採り、玄人はだしのいわゆる商売上手であったこと等を合わせ考えれば、その学究肌の知識人生活環境並びに長年の熟練経験と相俟ち、株式投資家の最大の関心事であるべき所得に対する課税対象の有無についての法令の知識関心がなく、本件法令改正に不知であったとはとうてい考え得られないところである。

従って、以上認定の事実関係のもとにおいては、控訴人は法令の改正による前記課税対象の基準を認識していたと認められるところ、これを若林事務官の税務指導の不備にあるとしてその責を税務当局に転嫁し、自己の課税を免れんとする態度は到底是認し難い。されば控訴人の当審における(一)、(二)の主張はいずれもその前提を欠くからこれを採用するに由がない。

二  同(三)の主張について

国税通則法七〇条二項四号の規定は、悪質な納税者に対する課税権の行使を適正ならしめるため税務署長において更正又は賦課決定をなしうる期間につき特例を定めたもので、その意味において課税権に対する無期限の行使を制約した規定ではあるが、右更正等における内容、範囲についてはなんら制限を加えているものではない。

このことは右規定が「偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れ・・・た国税についての更正又は賦課決定」と定めているのに対し、同法六八条一項の重加算税の規定が「・・・・・・・又は仮装されていないものに基づくことが明らかであるときは・・・・・控除した金額」としているのとその表現を異にしていることに徴しても明らかである。

従って、控訴人の係争年度における雑所得及び配当所得につき不正行為があったとしてなされた本件処分において、更正期限が所得分類ないしは同一所得中の取引先の差異により異別に取扱われるべきであるとする控訴人の主張は独自の見解であって採用できない。

三  なお、職権をもって調査するに岡山税務署は原判決言渡の日より後である昭和四九年一〇月一日付大蔵省令第五九号により岡山東税務署、岡山西税務署に分割され、岡山東税務署長が旧岡山税務署長の本件訴訟追行上の地位を承継したことが明らかであるから、被控訴人の表示を岡山東税務署長と改める。

してみると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 加藤宏 判事 山下進 判事 篠森眞之)

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